造園家・阿部容子さん インタビュー*前編*『庭づくりへの想い』

「ハーブガーデン作業日記」特別編として、弊社ハーブガーデンのデザインを手掛けられた、ガーデンデザイナー・阿部容子さんへのインタビューをお届けします。今回はその前編です。

PROFILE

http://www.katakuri.co.jp/より

http://www.katakuri.co.jp/より

阿部容子さん
造園家・ガーデンデザイナー。岐阜県にある造園事務所「かたくり工房」所属。ヨーロッパやアメリカなど海外での研修や現場の視察を経て、園芸療法にも造詣が深く、個人邸から公共施設まで、全国各地の庭・公園のデザインを手掛ける。鈴木ハーブ研究所のハーブガーデンは、弊社代表鈴木さちよの植物や庭への想いを阿部先生がデザインし、設計・施工された。

 

聞き手/鈴木ハーブ研究所 代表鈴木、スタッフ家田、スタッフ雨谷

※以下、敬称は省略させていただきます

 

導かれるように庭づくりの仕事へ

家田:まず、そもそも阿部先生はどういうきっかけで庭づくりのお仕事をはじめられたのですか?

 

阿部:まだ子どもが小さかったころ、自宅の一部を改修して、カントリー雑貨のお店を始めたんです。手を動かして小さなものを手作りするのが大好きだったもので。

お店の周りをお花で飾ろうということになり、母がパンジーの苗をいくつか買ってきました。すると、通りかかった方が、その苗を売ってほしいとおっしゃいました。本当は売り物のつもりではなかったのですが、その方が遠くまで苗を買いに行けないとおっしゃるので、お分けしました。

それが口コミで近所の方たちに広まり、「お花がほしい」という人が集まってきたのです。それをきっかけにお店に花を置くようになりました。そこで、植物について学ぶ必要がでてきたのですが、どうすればよいか分からず困っていました。たまたま近所の奥さまが、あるハウスメーカーで設計を担当されている方で、「モデルハウスに花を飾ってほしい」とアシスタントとして雇ってくださいました。さらに、インテリアや植栽の勉強に必要な道具や教材を譲ってくださったんです。それで勉強しながら、玄関先の寄せ植え(当時はそんな言葉もなかったのですが)やハンギングバスケットなどを見よう見まねで作ったりしていました。

そのうち、近所に公園ができるということで、イベントがあるからその植栽をやらないか、といわれて、そこから庭づくりの仕事にはまっていったのです(笑)。

 

雨谷:不思議なご縁がつながっていったんですね!

 

阿部:そうなんです。公園イベント終了後は自宅に戻って花屋を続けるつもりだったのですが、イベントでご縁のあった東山植物園の先生に後押しされ、さらに植栽や造園の勉強を続けることになりました。

でも、当時そういう分野を教えてくれるところはまだなかったんです。「造園」といえば日本庭園を造ることであり、まだイングリッシュガーデンや洋風の庭園の知識は日本には導入されていませんでした。

そこで、海外へ行くことにしました。といってもまだ子育て真っ最中だったので、勉強しに行ったわけではなく、次のイベント(世界公園フェスティバル)のための1週間の研修ということで。ヨーロッパにトランクをほとんど空の状態でもっていって、そこに「ガーデン」と名のつく本を山ほど買って持って帰りました。それから数年経つと日本の書店でもガーデンに関する洋書を置くようになりましたが、ほんの数冊しかないんですね。それでもう一度海外へ本を買いに行きました。その後は独学です。自分で本を読んで。

土や地面のことに関しては、元々実家が建設業で、土木の土のことは幼少期から体に染みついていたことに加え、ありがたいことに大将(現在かたくり工房で造園工事や管理を担っている代表井上さん)と知り合えたので、知識を補うことができました。

ハーブ苗を持って

 

庭づくりで心がけていること

家田:お庭の設計を始めるにあたっては、まずどういうことをチェックされるのですか?

 

阿部:まずはその土ですね。水はけ、通気性・保水性などです。そして、その庭を作る場所の環境、気候条件をチェックします。それから、ガーデンを依頼された方がどういう方なのか、どういう暮らしをされるのかを聴いていきます。家族構成、年齢、そして誰がその庭を手入れするのか。もしおばあちゃんが庭の世話をするのであれば、そのおばあちゃんの方を向いて話をします。もし膝が痛いのなら、しゃがまなくても手入れができるようなご提案をします。家族構成や暮らしの変化も予想して作っていきます。車が一台増えそうなら、その分のスペースを確保してそこには大きな木を植えたりはしない。10年後を見据えてデザインしていきます。

場合によってはご要望通りではなく、別のご提案をさせていただくこともあります。例えば、やがて車いす生活になるであろうお母さんのために「スロープを設けたい」という要望があっても、今は歩けているのであれば、なるべく長く歩いて移動する生活を送れるように、「階段の方がいいよ、いざとなればリフトをつければよいから」とご提案することもあります。

 

園芸療法との出会い

家田:どこへ何を植えるだけの話だけではなくて、その方の生活の仕方、将来的な変化までも見据えてトータルでお庭をデザインされているのですね

 

阿部先生:やっぱりそれはアメリカの園芸療法の世界に出会った影響が大きいですね。

たまたま母が手術をすることになり、リハビリの問題が持ち上がったタイミングでした。リハビリの内容について説明を聴いているうちに、「こんなリハビリをさせられたら、母は自分の生きがいや自信を失ってしまうんじゃないか」と疑問に思ったのです。

その時、知り合いから「アメリカに来ない?」と誘われたんです。それがきっかけで、アメリカの園芸療法協会に入って、年1回のカンファレンスに参加するようになりました。そこでは、学校、刑務所、障がい者施設などいろんな施設の方が、園芸療法を取り入れたリハビリの結果を話してくださったり、見学ができたりもするんです。アメリカでは、リハビリの過程で最終的に「社会の中で自立して生活できるようになる」ことをとても大切にしていました。アメリカでその考え方が定着したのは保険制度が破綻していたことも関係しています。

この考え方は、いつか日本の個人邸や施設でも絶対に必要になると思いました。お年寄りだけではなく、事故等で身体に障害を負って車いすやストレッチャーで生活する方にとっても有効ですし。

園芸療法の母といわれる、アメリカのボディルという方がおっしゃった、「目的はプライドの再構築」という言葉があります。その言葉を聞いたとき、母に対して私が感じたことと一緒だなと思いました。リハビリを行う過程で「自分は生きるに値する人間だ」という気持ちにもう一度させることが一番大事で、それさえあればあとはなんとかなると考えています。

園芸療法の考え方を取り入れた施工事例

http://www.katakuri.co.jp/より 園芸療法の考え方を取り入れた施工事例

 

雨谷:一口にリハビリといっても、園芸療法でなくても色々あると思うのですが、そこに植物の存在があるというのは特別な意味があると考えてらっしゃいますか?

 

阿部:いえ、そんなことはなくて、園芸療法は作業療法の一つにすぎません。音楽療法とか絵画療法とか、リハビリの方法は色々あり、園芸療法がすべてとは思っていません。体を動かすことで機能を回復するというトレーニングに意味を持たせることが重要であると思っています。何かを作るとか、誰かを喜ばせるとか。

植物に関しては、手をかけたらその分答えてくれる、「私がいないとこの花は枯れてしまう」といった側面があるのでしょうね。

 

現代の庭に求められていること

家田:庭づくりをする上で、お手本になっているような存在はありますか?

 

阿部:「シカゴボタニックガーデン」というアメリカのパブリックガーデンがあります。これは行政が運営しているのですが、何社もの大手企業からの寄付で成り立っています。コンセプトは「イネイブリング・ガーデン」、つまり、「(不可能を)可能にする庭」ということなんです。さまざまな障がいに合わせてオーダーメイドされた庭道具が揃えられ、いろんな園芸作業ができるようになっていて、利用者の方は生き生きと活動されていました。このお庭を見たときは、「なるほど!」と目からうろこが落ちるような思いでした。日本にも公共の庭はたくさんありますが、観賞価値に重きを置く傾向にあり、生活に必要な機能を体感できるようなガーデンはほとんどないので、大変勉強になりました。

http://www.katakuri.co.jp/より シカゴボタニックガーデン

 

家田:新型コロナウイルスの影響が長引いています。この「コロナ禍」が起こる前後で、庭に対する要望に変化がありましたか?

 

阿部:「有事があると園芸ブームが起こる」という法則を、今回も感じています。阪神大震災のあと、イングリッシュガーデンブームがあり、東日本大震災のあと、バラブームがありました。新型コロナウイルスの流行が起きてから、園芸全般に関してブームになっていますね。特に旅行などに出かけるのが難しくなり、それならば戸建ての家に住んで自分専用の庭をもち、日常の中で楽しもうという機運が高まりました。その中で庭仕事に魅了された方が続出し、その層は若い世代にも広がっています。規制が緩んで旅行がしやすくなっても、その傾向は続いていますし、この先も続きそうです。

ただ「眺めるだけの庭」ではなく、そこで植物を育てたりバーベキューをしたり、何かをして楽しむ「暮らしの中で使う庭」であることが求められるようになっています。

 ~後編に続きます~

【かたくり工房 INFO】
住所:〒505-0125 岐阜県可児郡御嵩町伏見747
TEL:0574-67-6633
http://www.katakuri.co.jp/

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